このページでは当家庭教師センター代表の日記・コラムを載せております。家庭教師とは関係のない事柄も入ってくることもありますが、肩の力を抜いてご覧頂ければ幸いです。
こういう仕事をしていると親御さんから「出来る子と出来ない子って何が違うのでしょうか?」といった質問を受けることがあります。
そもそも出来る・出来ないの定義が問題になりますが、ここではそこまで深く考えずにテストでの点の良い子と悪い子と解釈して話を進めます。
上記の質問には様々な答があると思います。通っている塾の差、勉強時間の差、血筋の差・・・など。でも、私が質問されたら必ず答えていることがあります。それは「集中力の差」です。
塾や勉強時間など関係なく、ましてやご両親の学歴など関係なく、集中力のある子は必ず伸びます。出来ない子(点数の良くない子)は教え始めて10分もしないうちにそわそわ、キョロキョロし始めて問題やこちらの話が殆ど頭に入っていません。これではいくらやっても点数になりません。
以前教えていた男の子でこんな経験があります。問題を解き始めて10分たっても解答できていないので、「じゃあ、教えるね」と解説を始めました。ですが、こちらが話を始めても全く姿勢を変えずに問題とにらめっこをしているのです。つまり問題に集中しすぎてこちらの声が耳に入っていないのでした。話を聞いてくれないので少し腹が立ちましたがそれ以上に「恐ろしい集中力だなあ」と感心したものです。その子はやはりぐんぐん成績が伸び、開成中学に合格しました。
集中力、言うのは簡単ですがそうそう身につくものではないですね。僕自身も集中力がもう少しあったらなあ、と思っています。
2009.4.14 家庭教師センター SGW 代表 佐藤 真史
この季節になるといつも思い出すのが文化祭である。私の母校である麻布はゴールデンウィークに文化祭があるのだ。
とにかく麻布の文化祭は盛り上がる。学校側の規制などは最小限で殆ど生徒主導で行われているからか、他校の文化祭にありがちな「学校行事臭さ」がない。そしてそれだけにみんなものすごく気合を入れて用意をし、ぶっ倒れるまで全力を出し切る。何だか文章にすると安っぽいくて伝わりにくいが本当に麻布は文化祭がメインなのだ。僕も当時はバンドでステージに立ったりした。1年間文化祭のために生きているような感じだった。
麻布を志望している小学生は是非とも足を運んでもらいたい。きっと「絶対入ってやる!」という意欲が増すはずだ。私も行きたいくらいだ・・・。
2009.4.15 家庭教師センター SGW 代表 佐藤 真史
もう何年も前になるが不登校の生徒さんを受け持っていたことがある。中学生の男の子だった。中一の夏休み以降学校に行けなくなってしまった。僕が受け持ったときには既に中三で、結局卒業まで学校に行くことはなかった。家からも一歩も出ることが出来ず、家でゲームとインターネットをして過ごしていた。このように書くとその子がものすごい特殊な子で俗に言う「オタク」のように感じるだろうが、話すと気さくでおしゃれにも気を遣う普通の中学生だった。
僕と彼とは何だか気が合って、車の話やペットの話で盛り上がり、時には調子が悪くなったパソコンを直してあげたりもした。何ヶ月か過ぎた頃、お母様から「あの子、先生と会う時だけ笑顔なんですよ。」と言われた。家庭教師として生徒とのコミュニケーションが上手くいっている証拠なので嬉しかったが、良く考えると彼は家族以外の話相手が僕しかいないという現実が肩に重くのしかかった。2年以上、家族以外の人間との接触がないのはやはり異常なことだ。いや、彼が異常者であると言いたいのではない。そのように過ごせてしまう社会が異常なのだ。家にいてもTVやネットで殆ど全ての情報が入ってくるし、顔も知らないメル友とメールの交換をしていればそれが人間関係だと思っている。それは異常だ。やはり人間は人と出会い、話し、ケンカし、傷つき、悩んで生きていくことで成長するのだ。人間関係はメールなどでは解決できないほど、複雑で面倒なものだ。それでも人が人と関係したいのはその中で信頼や愛情の念が生まれることを知っているからに他ならない。彼にとって、僕がそのような人間関係の大切さを気付けるきっかけになってくれれば良いな、と思っていた。連絡を取り合わなくなって久しいが、どうしているのだろうか?久しぶりに電話でもしてみようかな?と思っている。
2009.4.16 家庭教師センター SGW 代表 佐藤 真史
昨日、不登校の生徒の話を書いた。今日も不登校の生徒さんの話をしようと思う。
昨日の子とは別の子の話だ。その子は中学3年生の時に見ていた子で高校受験をし、見事第一志望校に合格した。合格したので指導終了としたのだが、高1の夏休みにお母様から電話をもらった。「うちの子5月のGW明けから学校に行ってないんです。2学期からは行かせようと思っているので夏休みの間来ていただけませんか?」というものだった。電話をもらって驚いた。とてつもなく明るい子だったし、第一志望校に入れてものすごく喜んでいたのに・・・。
詳しく話を聞くと、あまりに期待して入学したので、思っていたことと現実とのギャップについていけなかったということだった。考えさせられた。期待して志望校に入学するのは誰しも夢見ることなのにそれすらも「加減」があるということなのだろうか?難しいものだ。
結局、夏休みだけ指導したが、2学期からの復帰は出来ず、留年となってしまった。しかし、その後は退学という安易な道を選ばず、1年遅れではあるが卒業した。彼とも連絡を取らなくなって久しい。電話してみようかな。
2009.4.17 家庭教師センター SGW 代表 佐藤 真史
生徒の伸ばし方、成績の上げ方について書こうと思う。
どうやったら自分の子の成績が上がるのか?受験生を持つ親御さんであれば誰しも考える疑問だと思う。当然、様々な答があるだろうし、決定的な答などあるはずもない。(あればみんな開成に受かっているはず。)僕なりに思うこと、というより僕のスタイルであるが、「褒めること」だと思っている。子供は褒められて伸びていく。怒られて伸びることもあるだろうが、それは続かない。怒る人がいなくなったときに努力をやめてしまう。だから、褒めることで伸ばしてあげた方が良い。
だから、どんな些細なことでも良いから自分の子供の良いことを見つけて褒めてあげて欲しい。確かに短所や悪い所ばかりに目がいってしまいがちだが、そこは無視して良い所を見つけてあげて欲しい。子供というのは不思議なもので、良い所を褒めて伸ばしてあげると自然と悪かった所も直ってくるものなのである。明日から、いや今日から実行してもらいたい。
2009.4.18 家庭教師センター SGW 代表 佐藤 真史
4月だからか僕の住んでいるマンションに新しく引っ越して来た家族が何組かいる。エレベーターで一緒になると「こんにちは」と声を掛けるようにしているのだが、挨拶を返してくれる人と返してくれない人がいる。うーん。前から住んでいる人はほぼ100%で挨拶してくれるのに・・・。
新しい家族は若い人が多いからだろうか?「若い人・・」と書くと僕が年寄りのようで嫌だが・・・。親から躾けられていなかったのだろうか?
家庭教師は生徒の家にお邪魔するので、必ず家に伺うと「こんにちは」「こんばんは」と挨拶をする。生徒も玄関まで来て出迎えてくれることは多いが、挨拶をしない生徒がいる。それも毎回だ。こちらがその子の目を見て挨拶しても無言なのだ。そのときに思う「隣にいる親御さんはなぜ注意しないのだろう?」と。そういう子に限って成績も良くなかったりする。意外な所に相関関係があったりする。
みなさん、挨拶しましょうね。
2009.4.20 家庭教師センター SGW 代表 佐藤 真史
また、僕の住むマンションのエレベーターでの話をしたい。
エレベーターで1階まで降りたとき、ドアーが開いたら目の前に小さい女の子(小学低学年くらい)とその母親が立っていた。「降りる人が先」これは世間の常識、というか世界の常識である。僕も小さい頃親に教わった。どうしてかは後になって分かったが・・・。で、その時小さい女の子はまだその常識をお母さんに教わっていなかったのだろう。僕が降りる前にエレベーターに飛び込んできた。まあ、これはしょうがない。教わっていないことは分からないだろうから。だからこの時点では僕は何も思わなかった。母親が「降りる人が先なのよ!」と注意するだろうと思っていたら、何とその母親も乗ってきた。あきれてしまった。
最近の若いお母さんは(というと自分が年寄りみたいで嫌だが)躾が出来ないのだろうか?うーむ、きっと勉強面にも影響するだろうな、と思う。最低限の躾が出来ない親が勉強の仕方を教えられる訳がない。
躾は大事ですよ。本当に。
2009.4.21 家庭教師センター SGW 代表 佐藤 真史
躾のことで怒っている話ばかりでうんざりだろうが、もう少し話させてください。
以前教えていた中学生の女の子の話だ。勉強面でも少し問題があったがこの子は言葉遣いが酷かった。こちらが「じゃあ、次この問題やろう!」というと「うぜーっ!」と言うし、「これを覚えればこの問題も簡単に思えるはずだよ」というと「どんだけだよ!」・・・会話が成り立たない。まあ、そうはいってもこの子は僕に対して友だちのような親近感を持っていてくれているのだろうから、大して頭にもこないで指導していた。
しかし、ある日お母さんのいる前で僕のことを「おーい、じじい!」と呼んだ。当然生徒としてはふざけ半分なのだろう、言ってからケラケラと笑っていた。驚いたのはそのお母さんも一緒になって笑っていたことだ。これには参った。もし、僕の子供が先生に対してそんな口を聞いたら張り倒してでも謝罪させる。それをするのが親の役目であるからだ。
躾、大事ですよ。
2009.4.23 家庭教師センター SGW 代表 佐藤 真史
躾について怒りの日記・コラムが続いてしまったので少し(?)趣向を変える。
「弘法筆を選ばず」といわれる。達人であれば道具の善し悪しに関係なく、良い仕事をしてのける。という意味だ。これを反対解釈すると、我々のような凡人は道具を選ばなければ良い仕事は出来ない、ということになる。
私は日曜大工に始まり車いじりまで、とにかく工作類が大好きである。そのとき、道具に助けられることが多々ある。ドライバーにしても良いドライバーは本当にネジが吸い付くがごとくピタッと決まり、ねじ山をつぶしてしまうことなど皆無だ。多少高価なのだが、損をしたとは思わない。
工具の話しを続けたい。
写真の工具は「トルクレンチ」というものである。先日載せた「ラチェット・ハンドル」と同様にボルトやナットを締め付けたり緩めたりする工具だ。しかし、先日のものとは決定的に違うのはこちらは締め付けトルクを管理出来る点だ。写真では見えにくいが手元のメモリでトルクを設定できる。「トルク」というのは締め付ける強さのことだ。車の整備書にはあらゆるボルトやネジに「適正トルク」が書かれている。僕の車で言えば、タイヤを留めているホイール・ナットは129N/mだし、スパークプラグは15N/mだ。確かに安全上緩んでは大事故につながるのできちんと締めておかなければならない。ただ、面白いのは安全上大して関係のないオーディオを留めているボルトや、スイッチについているネジのトルクまできっちりと記載してある。これは、ボルトやネジを保護するためである。つまり、力任せに締め付けるとネジやボルトが「バカ」になってしまう。だから、これらにも「適正トルク」があるのだ。
子供も同じで個々に「適正トルク」があってそれ以上の力で締め付けると「バカ」になってしまうのである。気を付けたいですね。
2009.4.27 家庭教師センター SGW 代表 佐藤 真史
工作が好きなのとギターが好きなのが高じてギターを作ってしまった。しかも2本も・・・。
「作った」といっても木を丸太から削りだしたわけではなく、ボディーとネックを買ってきて組み立てただけなのだが・・・。それでもドリルでかなりの数の穴をあけるし、ハンダ付けは出来ないと無理だが・・・。ロゴも自分でアバロン貝を削って入れてあるし・・・。かなり手間隙掛かっている。
ボディーはアメリカの個人ギター製作者(二ヴィール氏)にお願いして作ってもらった。当然ハンドメイドだ。この人は本当にすごい。全くの無名なのだが、木を知り尽くしている。どんな木目を使ったらどんな音になるのか、どのように切断したらどんな音になるのか、が分かっている。メールでやり取りをしたのだが、「暖かみがあって、かつエッジが効いた音にしたい・・・」など詳しく伝えるとその通りのボディーを製作してくれる。見た目にも木目が美しい。アメリカから届いたとき、梱包を開けたときの感動は忘れられない。そして、実際本当に素晴らしい音に仕上がった。毎日のように眺めてはニヤリとしている。(気持ち悪いですか?)
2009.4.29 家庭教師センター SGW 代表 佐藤 真史